傷と健忘

人は
彼が本当に人であるならば
心に嘆き悲しむ秘密の囚人を抱えている

例えばあなたの友達
同じ部屋で授業を受ける知らない人
たまに見かける綺麗なお姉さんやお兄さん

彼らはみな人であり
人であるからこそまさにその何かを抱えて
なおも毎日平常に振舞っている

私も同じだ
私は人で心の囚人が泣いている
私は生きている人なのだ

私には怖いことがたくさんある
例えば孤独
これは一筋縄でいかないタチの悪さを持つ

これは時に実存から剥離して独り歩きする
周りに人がいてもこれを感じる矛盾
要因の実存よりも経験が先立つためだ

人の存在はさして関係ないのだ
寧ろ過去の見捨てられた経験にこそ
その真価は悪しく働く

精神的に疲れている時
普段は秘密の囚人が対峙している過去が
感情の表層に現れる

そこで初めて寂しさや孤独を感じていると
自身は気づき悟る
次にはそれに苦しめられる

このようなネガティブな出来事は
まるで隣町に住んでいるかのように
私の心に足繁く通い影響を与える

他にも怖いことがある
大きな音、怒声、人が多い場所、人前
性行為、男性、力、枚挙に暇がない

俗に言うトラウマを沢山かかえた
とてもとても面倒な人間である
全く双なきほどである

私にはとある大きく
それはたいそう醜悪で下劣でおぞましい
過去がある

平たく言えば性行為関連なのであるが
それにより男性恐怖症になった
今は秘密の囚人が守ってくれている

きっかけはそのとある過去なのだが
原因はさらに昔にあった
様々なことも含まれる

従兄弟、友達、友達
戸籍上は男なのだが...
本当に運がなかったのだろうか

明らかには述べないが
慕っていた男友達に大変酷いことを
数時間にわたって行われたのだ

一にも二にも思うことは無限にあって
まとめ上げることは至難の技
私には荷が重すぎた

私はとても愚かなので
何かが起きても動揺したまま
本当に何もせず日常を過ごそうとする

愚かながら冷静な分析が好きなのだが
今とても精神が不安定なのはそうした
動揺の積りが原因なのだと思う

否、私は愚かではなかったのかもしれない
そうするしかなかったのだ
私は噤まざるを得なかったのだ

それが起こったのは高校2年の冬だが
健忘の期間を含めた3年の時を経て
今とても苦しい想いをしている

振り返れば悔しさと怒りと羞恥ばかり
何故このような目に合わなければ?
何もできなかった...

相手は180cmほどの大男
大して私は165cmほどのひ弱な少年
力の差は歴然だった

彼は前から後ろから
私の意識が朦朧とし動けなくなるまで
何度も首を絞めた

暴れるので殴られた
段々意識が遠のいて行く
暴れられなくなった

体を押さえつけられて
意識は混濁
何も考えられなかった

ただ恐怖しかなかった
空気を吸って少し意識が回復しても
私は動けなかった

苦しい、痛い、息ができない
酷いよやめてやめてやめて怖い怖い怖い
痛い死んじゃう!

これの繰り返しだった気がする
涙と唾液と血液と体液でぐしゃぐしゃ
気づけば夜だった

放心状態だった私を
心配して起こしてくれたのだ
時間をかけて優しく

私は忽ち混乱したためあまり覚えてないが
彼が抱きしめてくれたのは覚えている
ひたすら耳元でごめん、と

こうして私という個を完全に否定され
そこに人権も囚人もなく
私は欲と優しさで身体を弄ばれたのだ

これは即ち最高の屈辱である
凡ゆる感情で空は紅蓮に染まった
気が狂った

これにより私は自分を安売りし始め
染められた色を確認しながら体に何度も
均等に染み込ませていった

そうすることでこれを私の一部とし
全てを掌握した気になれたのだ
これしか方法を知らなかった

しかし僕のような醜いやつとして
えらく快楽を得て支配欲を滾らせた
男達が耳元で喘ぐ声は何よりも不快だった

この一連の出来事が一年以内に行われ
センター試験が始まる1ヶ月前まで
恐ろしく活発に続いたのだ

しかし問題はもっと単純だろう
男友達から暴行を受けたこと
好きで慕っていた大好きだった

こんな裏切りがこの世にあるだろうか?
聞けば強姦事件の加害者と被害者が
互いに知人であることはよくあるらしいが

私はこのように裏切られた後で
誠実な謝罪を受け
その人を許してしまった

きっと秘密の囚人は異を唱えてくれていた
だが私はそれを無視して
関係はずるずると長引いた

結局囚人か何かに突き動かされて
私が逃げ出す形で
この件は表の舞台から姿を消した

私はつくづく間が抜けている
もう後悔しかない
しかしやり直すことはできない

時折彼を求める声がする
最早病的だろうか
彼が恋しいとさえ思うのかもしれない

これはストックホルム症候群だろうか
彼が憎いのだが恋しい気もするなんて
常軌を逸している

しかし彼はとても良い人だった
私はそんな彼との思い出を否定したくない
従ってまた自分を責めるのだ

自分のどこが至らなかったなんて
わかるはずもないのに
私が悪かったごめんね、ごめんね、と

私は誰もこの苦しみを理解しないと考える
それで良いのだ
これは私が一生抱えるべき苦しみ

きっとすべて私がいけなかった
そう思うととても楽だ
でも本当にそうなの?

やはり孤独に感じる
私は悲しい
私は不安で仕方がない

私はこの先も私が悪いと言い続けるのか
私は何故苦しむのか
人はなぜ私を傷つけるのか


この出来事を思い出した大学2年秋頃
私は何を思い出しているのか
全くわからなかった

事実を認識し
起こったことしたこと全てを
整理し終えたのは年が終わる少し前だった

年が明けてすぐ
私は友達に打ち明けてみた
彼は驚いた

しかし過去に起こったことは関係ない
なし君はなし君だよと言ってくれた
実は度々思い出しては救われている

その後何人かに打ち明けた
この半年の間に
少しは楽になるものだと驚いた

私は過去の呪縛に囚われ
また同じことを
ネットで知り合った男と寝ようともした

別の友人が止めてくれなければ
もしかするとまた
あの暗黒に回帰していたかもしれない

私がしばしば悪夢で魘されるのは
このせいなのである
毎度毎度心にくる

今はこういった自分を
少しでも受け入れられるよう
努力している

それしかできないし
憎むだけではいけないのだろうから
私は成長したのだろうか