Regina Spektor-Aprés moiの紹介と和訳

 

Regina Spektor、私がとても好きな歌手です。彼女の歌はジャンルとしてはアンチフォークという部類に入るそうです。生まれはソビエト連邦ですが、活動拠点はアメリカです。力強く美しい彼女の声は歌詞に乗せられて、聞く者を得体の知れない高揚感と自信に満ち溢れさせると私は信じています。

さて、彼女の歌でも一際異彩を放つのはこの曲、Après moi。面白いことにこの曲は英語とフランス語とロシア語から成ります。とは言っても出てくるフランス語はAprés moi le déluge、18世紀を生きたかの有名なポンパドゥール侯爵夫人の言葉で、英訳するとAfter me comes the flood、我が亡き後に洪水よ来たれという言葉ですし、ロシア語はソ連時代に名を馳せたボリスパステルナークの詩を引用しているだけなのですが...その意図を汲み取ってみるのも一興です。以下、歌詞と和訳です。

 

I must go on standing

私は闘い続けなければならない


You can't break that which isn't yours

何者も私の邪魔をすることはできない

 

I must go on standing

私は闘い続けなければならない


I'm not my own, it's not my choice

それは私が選んだ道ではないけれど

 

Be afraid of the lame, they'll inherit your legs

鈍きを恐れよ、足を持っていかれるぞ


Be afraid of the old, they'll inherit your souls

老いを恐れよ、魂をやられるぞ


Be afraid of the cold, they'll inherit your blood

寒さを恐れよ、気高き血を侵されるぞ


Après moi, le deluge

我が亡き後に洪水よ来たれ


After me comes the flood

洪水よ来たれ

 

I must go on standing

私は闘い続けなければならない


You can't break that which isn't, isn't yours, yours

二度と奪わせてはならない


I must go on standing

私は闘い続けなければならない


I'm not my own, it's not my choice

それは私が選んだ道ではないけれど

 

Be afraid of the lame, they'll inherit your legs

鈍きを恐れよ、足を持っていかれるぞ


Be afraid of the old, they'll inherit your souls

老いを恐れよ、魂をやられるぞ


Be afraid of the cold, they'll inherit your blood

寒さを恐れよ、気高き血が侵されるぞ

 

繰り返し*


Après moi, le deluge

我が亡き後に洪水よ来たれ


After me,flood

洪水よ来たれ

 

Февраль. Достать чернил и плакать!

二月だ。インクを取って泣け!


Писать о феврале навзрыд

さめざめと二月のことを書け


Пока грохочущая слякоть 

轟くみぞれ雨が

 

Весною черною горит

黒い春となって燃えている間に

 


Be afraid of the lame, they'll inherit your legs

鈍きを恐れよ、足を持っていかれるぞ


Be afraid of the old, they'll inherit your souls

老いを恐れよ、魂をやられるぞ


Be afraid of the cold, they'll inherit your blood

寒さを恐れよ、気高き血が侵されるぞ


Après moi, le deluge

我が亡き後に洪水よ来たれ


After me comes the flood

洪水よ来たれ

 

I must go on standing

私は闘い続けなければならない


You can't break that which isn't yours

何者も私の邪魔をすることはできない


I must go on standing

私は闘い続けなければならない


I'm not my own, it's not my choice

それは私の選んだ道ではないけれど

 

 

 

 

以上です。確固たる意志の強さが伺える、しかしどこか陰鬱な調子と歌詞が癖になります。

以下、解説になります。

Après moi le délugeについて、これは元々Après nous le déluge(英訳するならばAfter us comes the floodと複数形を取っている)で、ポンパドール侯爵夫人はこちらの方をルイ15世に言ったとされている。

遡ること18世紀半ば、当時7年戦争の真っ最中であり、これによりルイ15世は多大な損害を被ることになった。元はハプスブルク家プロイセン帝国に奪われた領地を取り返すために起きた戦争であったが、そこにハプスブルク君主国にはフランスがつき、プロイセン帝国にはイギリスがつくことになり、結果はプロイセン側の勝利となった。これによりフランスはヨーロッパでの影響力を失い劣勢に立たされることになった。これに病んだルイ15世に対し侯爵夫人は、Après nous le déluge(我らが亡き後に何が来ようとも知ったことではないですわ)と述べ、ルイ15世はその後この言葉をnousから単数形のmoiに変えて使うようになった。

パステルナークの詩の方は、実はこれは一節に過ぎず、彼の処女詩集の中にある二月だ インクを取って泣け!には他に三つの節からなる詩がある。構成としては、春が来至る前の二月に春が待ち遠しくて仕方がなく泣きそうな気持ち、あるいは雪解けから始まりそこから徐々に一篇の詩が完成される様を描く。自然が躍動する雰囲気、それを待ちわびる人々の情緒、そしてそれらが一気に昇華され詩の完成と春の到来が同時に訪れる、そんな詩集である。

個人的な曲の解釈としては、闘い続けるであるとか洪水よ来たれというのは、戦争の最中闘ったルイ15世の英気を讃えており、そこにパステルナークの詩が挿入されることにより、毅然たる意志の中でさえも揺れ動く心情を表す効果があるのではないかと考える。非常に力強くかつ情緒に富んだ曲で、わかる者の心によく響く曲であると思う。